いい年こいて、恋に落ちてはみたけれど 渡辺祐介「新宿馬鹿物語」
1977 年 松竹 91 分
監督 渡辺祐介 / 脚本 神代辰巳 / 原作 半村良 『雨やどり』
配役
仙田(男)…愛川欽也
邦子(女)…太地喜和子
邦子の昔の男…田中邦衛
舞台は新宿。主人公はバーのマスター。この四十近い独身男が、ある女と恋に落ちる。久しぶりの恋。女には全てをさらけ出し、受け入れてもらえたつもりだった。結婚の約束もした。しかしある日、彼女の過去が現れる。たちまち関係は壊れて跡形も無くなり、男は前と 変わらずひとり仕事に向かう…そんな話。
一人暮らし、仕事と家事に追われる毎日。いろんな人と付き合いはあるけれど、面倒なことも多い。心底安心できるような相手がいたらと思うけれど、現実はそうではない。あるい はそういう関係をつくるのに失敗している。そんな人に観てほしい。
観た後、つらい。でも、独り者の傷口にこんなにしみる映画ってないんじゃないか。
新宿のネオンの中を走る男の笑顔で映画は始まる。彼のバーには一癖も二癖もある客やホステスが出入りしている。彼ら彼女らが巻き起こす騒動に巻き込まれつつもうまくあし らい店をまわしている男には、この仕事へのささやかな誇りと自信がある。
男は世慣れたようだけれど、心の中ではいつも姉に呼びかけていた。泣き虫で弱かった少年時代、強い姉がいつも引っ張ってくれた。彼は姉の記憶に支えられながら、仕事をし、小さなマンションを買い、部屋を整え、愛する人が現れるのを期待して生活していた。
そしてある雨の日、一人の女と恋に落ちる。すぐに縮まる距離。この 2 人の恋の始まりの シーンは、皮肉なことに美しく輝いている。ベッドの上で無邪気に子供の頃のことをおしゃべりして笑いあう二人。久々に心も体も受け入れてくれる相手ができた喜び。リラックスと 開放感に満ち溢れた姿がまぶしい。
男は女を連れて、長い間会っていなかった姉のところに行く。しかし姉は、彼の心の中にいた姉ではなくなっていた。悪い男と堕ちた生活をしていた。彼の支えは崩れ去ってしまった。少年時代の記憶とその崩壊に、女はやさしく寄り添ってくれた。男にとって女は最後の 拠り所になった。
二人は結婚を決めたが、女には付きまとう過去があった。ある日、彼女は見知らぬきな臭い男と一緒に、彼のマンションに現れる。昔の男が出所して戻ってきたのだった。互いに愛情が生まれていたにも関わらず、過去に引き戻された女は、開き直るしかなかった。男も売られた言葉を悔し紛れに買って、二人の関係は壁に投げつけた茶碗のように呆気なく終わ ってしまう。
自分には大事な仕事がある。ちょっとボロいマンションのローンも抱えている。彼女には彼女の事情があるんだろうし、いまさらこのムショ帰りの男とやりあうこともできない。そしてそれは、自分がそう思うより先に、彼女があいつを連れてきた時点でわかりきっていること じゃないか…。
何が結婚だ、俺は、雨やどりされていただけだったんだ。
そんな男の声が勝手に聞こえてくる。
ラスト、オープニングと同様、男は新宿のネオンの中を走って仕事に行く。支えだった姉の面影も、愛する人と暮らす希望も失った彼は、それでも自分を保ちながら、これまでどおり笑顔で面倒見よく店を切り盛りしていくのだろう。その姿を思うと、寂しさに身を切られ る。彼は働き盛りだけれど、もうこの傷に平気でいられるほど若くはないはずだ。
途中、男がマンションの屋上で文句を言いながら雨漏りを直しているシーンが頭に残る。一人で生活するって、こういうことなんだ。いろんなことに折り合いをつけて、自分で手当 てしていかなくちゃいけない。
自分で自分のおもりをしながら、なんとか生活している大人の失恋のつらさ。それが痛みとともに伝わってくる名作だと思う。