poec_watashino’s blog

数年前から古めの日本映画を観ています。

しみったれた生活感からにじむ魅力  ~愛川欽也~


 愛川欽也と言えばアド街ック天国の司会のおじさん。昔は他のバラエティの司会もしていたな、という認識しかなかったので、そこへ突如出くわした「新宿馬鹿物語」、冒頭アップで現れた男の顔 を見ても、当然愛川欽也とはわからなかった。


 しかし、「新宿馬鹿物語」の愛川欽也があまりにも都会の独り者の生活感と哀愁を醸し出しているもんだから、なんか心を掴まれて彼のことが気になってしまった。彼の当たり役で有名なトラック野郎を観てみたら、こちらでは所帯持ちの中年男のしみったれ感をジョナサン役で存分に発揮し ていて、こちらにもまた、いたく心を寄せてしまった。


 テカテカと表情豊かな顔で、勢いがあって気取らない演技ができる愛川欽也。彼の魅力は、生活を背負っている、人はいいけどしみったれた男が、つらい状況の中でもなんとか己を支えて生きていこうとしている姿に光る。


 たとえば「新宿馬鹿物語」のシーン。 太地喜和子が出所してきた旦那・田中邦衛を連れて、愛川欽也の部屋に別れを告げに行くシーン。彼は驚きながらも訪ねてきた二人をニコニコしながら招き入れて、お兄さんかな?なんて言いながらいそいそとサイフォンでコーヒーを淹れてやる。その人の好さがつらい。女から事の次第を聞かされて、しばし呆然とした顔。しかし、女の売り言葉に、買い言葉を勢い返すだけで別れを承知し、二人を見送る。その情けなくも耐えるしかない姿。愛川欽也の哀愁が胸に迫る。


 たとえばトラック野郎のシーン。「トラック野郎 天下御免」、フリーのトラック運転手を辞めて、運送会社に就職したジョナサン。桃次郎にコンビを解消したことを咎められると、金がほしいんだ、これなら健康保険も年金もちゃんと入れる、俺だって安定したい!とジョナサンは叫ぶ。そんなことせずに桃次郎との友情を取ればそりゃあかっこつけられるんだろうけど、そうではなく、自分だって家族と人並みの暮らしがしたいと正面切って訴える正直な切実さに愛川欽也の魅力がにじむ。

 「トラック野郎御意見無用」、ドライブインの食堂。半人前の小男湯原昌幸が、それでも女トラッカー夏純子に惚れていて、周りのトラック野郎たちに馬鹿にされている。その中で、ジョナサンだけはひとり苦い顔でその様子を見つめ、からかいをはねのけて湯原昌幸の気持ちを肯定してやる。「女に惚れて、女房になってくれっていうのが、何がおかしいんだ!」「本気になって惚れて、それを誰に聞かれたって、ちっとも恥ずかしいことなんてねえじゃないか」。しみったれた男にしか差し伸べられない優しさに、愛川欽也の魅力が光る。


 大抵の人はヒーローになんてなれなくて、アウトローにもなれなくて、それでもなんとか生きているんだから、そういう人が持っている魅力を、矜持を、映画で見せてくれないと救われないじゃない。痺れるような二枚目の役者を観るのも楽しいけれど、そうでない役者が見せる魅力の方が、観る側に必要なときもある。 愛川欽也はそんなことを思わせてくれる。


 超名作「新宿馬鹿物語」、トラック野郎シリーズはもちろん、まだ観たことのない愛川欽也出演作を、ぜひ名画座でかけてほしい。 愛川欽也の、生活感あふれる風貌と飾らない演技からにじむ哀愁。切実な引きのある魅力。
 私はこれをもっと見たいのだ。